★昨日のレシピの追記

ビジュさんのお豆

昨日の飲み比べでのレシピは、、、

2kasa式の淹れ方の中では苦味や酸味に偏らない最もバランスの取れた飲み味に淹れられるレシピです。

特徴としては日本の一般的なコーヒー淹れでは多分95%以上で淹れられているペーパードリップで使用されている漉し率の高いペーパーフィルターを使用してカップに豆感を落とさない味と香りによる飲み物=フレーバーとしての味わいではなく。

金属フィルターを使用する事により、ペーパーフィルターではカップへ落とせない豆感としての微粉を適度にカップに落とし、味と香りのフレーバーにプラス微粉を豆感として飲み味に加えて食べ物=テイストとしての味わいとし、豆本来が持っている味わいの全てを楽しめるレシピで淹れています。

例えていうなら、、、

通常のコーヒーは飲み物=フレーバー=味・香り

トマトジュースは飲み物ですが、ある意味では食べ物=テイスト=味・香り・食感(舌触り・歯触り)

でも、トマトジュースでも、目の細かいフィルターで濾せば、透明な液体に成り=味と香りの=フレーバー=飲み物に成ります。

では、そんな風に目の細かいペーパーフィルター等でトマトジュースを越して飲んだとして、トマトの本来持っている味わいを楽しんでいると言えるでしょうか?

また、果実を絞って作るフレッシュジュースでも、果実の実の部分が混じっているからこそ純然たる飲み物=フレーバー=味・香りではなく、微妙な混ざり物のが有るからこその食感(舌触り・歯触り)を伴なった=テイストとして味わう事が出来ます。

このフレーバーとして味わうか、テイストとして味わうかという微妙な差は、人が生きて行くのに必要な成分の全ては口を通し、舌で味わって=生き死に関わる安全性の確認をせざるを得ない、生物にとって最も大切な器官であり働きですので。

人は単なる飲み物としてのフレーバー感なのか、何かしらの混合物が含まれている食べ物としてのテイスト感なのかを、本人が意識する意識しないに関わらず、DNAレベルでの生存本能に帰する無意識の領域で味わって=生き死に関わる安全性の確認をしていますから非常に敏感で有る事が必然と成ります。

だから、、、

ペーパーフィルターで淹れた漉し切った飲み物としてのフレーバー感のコーヒーを飲みなれている人にとって、金属フィルターで豆感をカップに落として食感としてのテイスト感でコーヒーを味わう機会が有ると、そのコーヒーの味が単に濃いか薄いかという味の濃度の違いではなく、カップの中に落ちている成分の豆感の味わいをテイストとして無意識に感じるので、凄く濃く苦く淹れなくても、爽やかで優しい飲み口で淹れても、食感を含んだ味わいの多様性から「ふくよかさ」として感じて旨味を厚く感じて美味しく味わう事が出来ます。

この辺のロジックが2kasa式のコーヒーを飲まれた方の多くから「今までに飲んだ事の無い優しい飲み口なのに何故かふくよかな味わいと旨みを感じてとっても美味しく感じられる」という感想を頂ける理由の一つと成っています。

微粉自体はエグミや渋味等の雑味という美味しくない味わいのマイナス要素に成る場合が有り、それは物理的法則により最細微粉はお湯に触れた瞬間に雑味を含んだ全ての味わい成分を瞬時に抽出してしまうという原理原則により、ペーパーフィルターでも金属フィルターでも不味いコーヒーの要因と成ります。

ただし、コーヒーを淹れる場合に不味い要因と成ってしまう最細微粉よりも僅かに粒度が大きい微粉はコーヒー豆が本来持っている苦味やコクや芳ばしさ等の味わいを楽しむには必要不可欠な味わいのファクターの重要な一部分であります。

その辺の微粉を豆感として扱う時の微妙さは、基本的にカップに豆感を落とせないペーパーフィルターではあまり関係のない事で考慮の必要は有りませんが。

微粉を豆感としてカップに落とす事を前提にコーヒーを淹れる金属フィルターを使用する抽出方法の場合には、淹れ手がそのフィルターのメッシュ率と、豆の挽き目の違いによる微粉率の差の組み合わせと、抽出直前の微粉除去等による豆感のカップへの落とし加減により変化する味わいの表現の仕方に熟練さえしてさえいれは、上手な微粉の使いこなしは豆感をテイストとして味わい楽しめてとても素晴らしい味わい要素の一つとしてコーヒーの味わいのプラス要素と成ります。

逆の言い方をすれば、微粉をカップに落とさないのが前提のペーパーフィルターを使用してコーヒーを淹れる場合では、味と香りだけの飲み物としてのフレーバーでの味わいですので、微粉を豆感としてはレシピで考慮しなくて済むので簡単ですし気楽に淹れられます。

ただし、ペーパーフィルターはカップには豆感としては微粉落ちませんが、抽出時に微粉から出てしまうエグミや渋味等の雑味は抽出成分としてカップに落ちますので不味さの要因と成り得ます、液体として落ちるという事と、豆感として落ちないという事柄は別問題で混同し易いですが、その部分での抽出時の物理的法則と結果は正しく区別し、明確に理解し、実際に淹れ比べて確かめた経験に基づいて、知識と技術の熟練さを持ってコーヒー擦れのレシピとしてコントロール出来る事が重要だと思います。

微粉をカップに落とすという事は、ペーパーフィルターでのフレレーバー(味と香り)に、豆感という食感をカップに落として一要素足してテイスト(味と香りと食感)としてコーヒーを味わう事に成りますので、その豆感をどのようにカップに落とし味わうのかはとても難しいレシピの組み立てが必要に成りますが、その難しさとして考慮すべき要素が増える分だけレシピの組み立ては難解で複雑に成り、解き明かすべきロジックは無限に近く広がり悩みも広がります(^^ゞ

そんなあれやこれやで、、、

2kasa式のコーヒー淹れには豆感をカップに落とせる金属フィルターを使用し、カップに豆感を落とすからこそ、豆を挽いた直後に雑味の不味さを淹れない為に微粉を除去する一手間を加えて淹れさせて頂いています♪(^o^)v

この微粉の除去では、除去する微分の粒度率や除去量のコントロールが重要なのですが、そのコントロールには微粉を除去する器具の選択と、除去する時間と、除去時の振り幅と強さ等の調節と最善な組み合わせがなかなか難解で、その答えは何百杯何千杯と実際に淹れて結果をテイスティングし確認していくというとっても地味な作業の積み重ねの上での検証から良いマッチングを見つけていくしか有りません。

でも、それを解き明かす過程こそがコーヒー淹れの醍醐味であり面白さで。

その検証の工程を楽しめなければコーヒー淹れの探求は長続きしません。

という事で、、、

私はコーヒー淹れを探求するのが大好きなんだと思います(爆)