★井崎英典さん凄く論理的

(この動画へのコメントを読んで、改めてペーパードリップから遠ざかりたいと思ってしまいました、何故なら私にはこの井崎英典さんの動画はとても論理的で効率的で他のペーパードリップの動画より合理的で理路整然としていて正しいと感じるのですが、何故かコメントでは批判的なご意見が多数を占めているのです)

この動画はアジア人初ワールドバリスタチャンピオンの井崎英典さんがレクチャーする簡単本格ドリップコーヒーの淹れ方です。

流石にワールドバリスタチャンピオンに成られるだけの事は有られてとても論理的で、私もウンウンとうなずき同意できるとても効率的なペーパードリップの淹れ方をされていらっしゃると感じました。

一流の方って、、、

経験に裏付けられた「感」をお持ちだし大切にされますが。

それは同時に論理に裏付けられた真理が伴ってこそ意義の有る「感」となります。

もし、、、

世界的有名メーカーや、世界的有名バリスタや、世界中の多くの人が、コーヒー淹れる前に「三回まわってワンと鳴いて」からコーヒー淹れると良いと言ったとして、その淹れ方には意味が有るでしょうか?確証が有る?結果が良くなる?私には論理的根拠のないただの迷信か風習で「おまじない」程度の無意味な行為・方法だと感じます。

どんな器具や道具を、どのような方法で使用するかは「手段」であって「目的」ではありません。

コーヒーにとっての焙煎や淹れるという行為はいかに美味しいコーヒーを具現化するかの「手段」なのです。

なので大事にすべきは「どんな器具や道具をどんな方法で使用したか」ではなくて「どんな味わいのコーヒーを淹れられたか」で有るべきなのです。

司がコーヒーを淹れるのに現在の日本で多分95%以上で行われているペーパードリップで淹れないのには自分なりの理論が有り、既存のペーパードリップの方法にはとても違和感と疑問が有ります、特にYouTubeでの多くのペーパードリップの動画を観て辟易としてしまい、自分ではその「おまじない」をありがたがる淹れ方には近付かないで居ようと思ってしまったからです。

ですので限りなくペーパードリップからは遠ざかりたい、あの淹れ方をなされていらっしゃる方々の「昔からこうして来た」とか「誰々がこうしていた」という意味のない懐古主義・権威主義と、頭から古い物は良いという自己保身の老害の思考に満ちた「まるでおまじない」のような論理的な裏付けのない淹れ方は自分としては近付きたくないという考えに至りました。

その理由は沢山あり全てを書くと物凄い行数に成ってしまいますから省きますが。

その一例として簡単に例に挙げれば「ドリップを粉のほぼ中心部にしか落とさない」のと「泡をありがたがりそれが何より素晴らしい」という考え方です。

それは私にとって凄く不合理なのです。

そんなお湯の落とし方をしていたら粉の約1/3程度からしか抽出できないし、またそれは同時に1/3の粉から過抽出としてしまう事に成り無用なエグミや渋味の抽出という結果から逃れられません。

また、おまじないのつもりなのか?それともその現象が有難いのか?これこそ「手段」が「目的」に成ってしまってる悪し例の典型として、新鮮な粉から発生するガスをどれだけ多量に発生させるかをまるで競うように淹れて、しかもその発生したガスの中心部にお湯の投入を集中して、周りのコーヒーの土手にはお湯は通しちゃいけない、なるべく土手は崩さないように残す淹れ方が持て囃されるという不合理。

泡の中心めがけてドリップする、、、

泡って空気ですよね、、、

泡にドリップして何が抽出できるのか?

私は「空気の泡ではなくコーヒーの粉にドリップしなければ抽出は不可能なのでは?」と思うんです。

そんな不合理的な泡を大事にしてその泡をめがけてお湯を落とす作業をありがたがり競い合うような動画の多さに私は幻滅しました。

何故私が幻滅したかという理由は、その愚行を一目見て愚業と感じられない気付けない人にとっては「私が考える理由は理解されないし認めて頂けない」と思いますからここで詳しく書くのは省きますが。

「コーヒー淹れとは粉からの成分を抽出する」という行為であり、それは「物理や化学の原理に乗っ取る」という前提であり、なので「泡にめがけてお湯を通す」という行為は使用した全ての粉から無駄なくコーヒーの味わいを抽出するという結果に適性を持ち得るのか?を再考してみて頂きたいと思います。

もし、どうしても司がペーパードリップを避けたいと思う理由を知りたい場合は、申し訳ありませんが誤解を避ける意味でも実際にお逢いしてフェーストゥフェイスの状態で私の生の声で説明させて頂きますので、お会いする機会が御座いましたら「どうしてペーパードリップで淹れないの?」とその時に質問を頂けたらと願います。

これまでペーパードリップのネガティブな面を綴りましたが、、、

流石にワールドバリスタチャンピオンの井崎英典さんがレクチャーする簡単本格ドリップコーヒーの淹れ方では、本当に理路整然としていて、司の淹れ方とは手段が違いますが、求める結果は明確に同じで、それを求めるペーパードリップの仕方には物凄く正当性を感じました。

井崎英典さんこのYouTubeの動画で世界に向けて堂々とおっしゃってます、、、

「端まで満遍なくお湯を通す」と。

「お湯落してから土手壊す為にドリッパーを振って土手を壊す」と。

他にも井崎英典さんの動画では多数の真理と合理性を語られていますが、代表的にはこの二点を聞いてその合理性を自分で理解推測できない人は今後も無意味な「おまじない」を信じ続けて泡をありがたがり泡めがけて恵尾を落とす事を続ける事に成ります。

全ての人が自分で相対的な合理性を理解推測できるわけではないと思いますが、、、

でも、井崎英典さんのこの理路整然とした動画を観て気付く事は出来るはずです。

願わくば日本のコーヒー淹れに係る人が、もう少しだけ理性的な判断を出来れば、もっとコーヒー淹れは多様性の広がりを得られ、その増えた手段方法の数だけ楽しめるコーヒーの味わいの幅も広がると思います。

昔からこうしてきた、誰々がこうしていた、多くの皆がそうしている、、、

それは合理的で効率的な優位性の裏付けが有ってこそ有り難がるものであり、盲目的に信じる「おまじない」で有っては残念だと思います。

器具と淹れ方は手段です、どんな器具を使うとか、どんな淹れ方をするという手段を目的にしてしまうと、理性的で合理的な判断を下すのに弊害が起きます。

目的はコーヒーの味わいを楽しむ事です。

その目的に最適で効率的な器具や方法こそが最善の手段と成ります。

手段は結果の為に有るので、手段=形式を重視すると、より良い結果からは遠ざかります。

コーヒーの焙煎と淹れ方では、その結果をどう最適に効率的に行えるかを推理推測し検証し創意工夫するかが重要であり。

それを盲目的に信じるのではなく、明確な事実としての確証と裏付けをもった上でどう楽しむだと思います。

それ楽しめたらエンジニアだし技術者だし職人。

それを利用出来たらビジネスマンだし起業家で商売人。

多分私はそのどちらにも成れない未熟者で終ると思いますが(^^ゞ

でもその真理を探る事は楽しいと感じています♪p(^o^)q

 

最後に一言、、、

好き嫌いなら一般的・相対的な優位性とは無縁なので「おまじない」でも何ら支障ないので各自の自由で良いと思います。

ただ、、、

合理的とか効果的とか有効性という物理的・科学的な意味での優位性を語るのであれば「おまじない」は無意味な思い込みであり不適合なのではないかと思います。